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Suite Sweet Suite

キミが鍵を開けたから、最後の部屋が とびきりSWEETなスイートになった
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あだしごと ~それぞれの選択の妙~

心のチューニング
してますか?

あなたという楽器が
あなた独自の音を奏でるためのチューニング

あの時の あの人たちや
この時の この人たちとのセッションに
合わせたっきりに
してませんか?

もし無理やりに弦を張りつめていたなら
早くあなた仕様に戻してあげないと
ネックが歪んでしまうよ

あなたの仕様にピッタリ合った
自然に響き合える音との出会いを
逃してしまうよ

あなたという楽器が
あなた独自の音を奏でるためのチューニング

人と同じでなくてもいいんだよ



   ************

昨年夏頃、
とあるセッション・イベントを終えた後に書いて
お蔵入りしていた記事です。

『ボクへ』と書いてあったので、
元々出す気はなかったのかもしれません。
セッションって緊張するし、知らない人もいて気も遣うし、
疲れちゃってたのかな(笑)


ギターというのは、とても器用な・・・
ある意味ズルっこい楽器で、
弦の巻き加減を調節することで
(もちろん限界はありますが)
全体のチューニングを変えてしまう事が出来ます。

それから「カポタスト」という便利な器具もあって、
たとえば「原曲キーから1音上げて」なんて突然言われても
然るべきフレットにソレを装着してしまえば、
弾き方は元の通りのままで弾けちゃいます。

大変ボク向き♪


一方でシロップが専門とするピアノは、
厳格な調律の施された、音の基準となる楽器。
どこかをちょいとイジッて上げ下げなんて、
そんなズルっこいことは一切出来ません。

ボクが「ねぇねぇ、この曲高いから1音下げて~」
なんて気楽に言っても
シロップは顔色一つ変えずにやってくれますが、
実は弾き方全部を変えなければならない
大変なことなのです。

シロップがギターもやってみたいと練習を始めた時、
カポタストを使って、より簡単なコードで弾くという
ギター特有のズルっこ方式を勧めたら・・・

「Cのコードを弾いているのにDの音が出ているなんて
 あり得ない・・・き、気持ち悪い・・・」


と、シロップの持つ絶対音感が邪魔をして
全く受け付けないようでした。

融通が利かないと言えば利かないけど
自分の中に絶対の音を持っていて、
周りに合わせて移調すべき時は
努力によって培った技術を駆使して
正攻法でしっかりと合わせる。

それって本当に凄いと思うし、
ピアノという楽器が

つくづく シロップ向き♪

であることに、

ボクはなんだか、
深い感銘さえ覚えるのです。

20180430-20.jpg

カカオ

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「悪意認定」 ~悪意って何よ?~

「あはは、カカオさんに言わせたら、
 世の中どこにも『悪意』なんてないわ」

知人女性と、ある人の言動について話していた時に
なかば呆れたようにそう言われたことがあります。

それだけその知人にとっては、
その“ある人”の中に悪意があったことは明白
ということなのでしょう。

そこまで確信めいた言い方はしなくても、
すぐに『悪意認定』を下したがる人って多いなぁと
これまでしばしば実感してきました。


悪意・・・

悪意って、何でしょうね?


ボクはさすがに
「世の中に悪意なんて存在しない」なんて思うほど
純粋でもおめでたくもないと思っています。でも、

自分が今まで生きてきた中で
確固たる悪意を持ってしたことって何だろう?

と考えてみると、
なかなか思い浮かばないのです。

人を不快にさせたり、傷つけたり、
迷惑、損害をもたらせてしまったようなことは、
もしかしたら
人一倍してきた人間かもしれないと思うのですが・・・

悪意でやったのかと自問すると、違うと思う。

単にボクが自分に甘く
人として何か欠けているため悪意に自覚がなく、
だから他人の悪意についても鈍い
ということなのかもしれませんが・・・

実際の話、
「自分があの時したアレは悪意、
 この時のコレも悪意」って、
思い浮かぶものなんですか?

だから他人の悪意についても
手に取るよう、鏡に映すようにわかるの?


冒頭の話に戻ると、ボクはただ、

これっぽっちの情報で
当該者側の話を聞くことさえなく、
そこに悪意の有無なんてわからないじゃない?

と、考えてしまうだけなんですよね。


でも最近、こうも思うようになりました。

ボクは人生で一度だけ、
ボクを徹底的窮地に陥れようと図る行為をされ、
酷い目にあったことがありました。

かなり卑劣な行為で、
理性や社会的立場があれば
実行は普通出来ないことのように思うのですが、
全く正体を隠してのことだったので
出来てしまったのでしょうね。

さすがにそこに
悪意はあったと思うのですよ。

だけど、
もしかして、
それ必要ある?ってほどに厳密に考えたら
たとえば・・・

その人が信じる独自の何かから、
ボクをその窮地に陥れることはひとえにボクのため、
ボクにとって絶対良いことだと思ってやった

ということだって
あり得るかもしれないじゃないですか。
(世間一般の常識とは違う世界に生きてる人ですよね)

そこまで考えると、ボクは逆に
「悪意であってくれ」
と思うわけです。

その時に魔が差したことだと思いたいし、
言い分はあるのでしょうが、卑劣な手段については
少しくらいは後悔や
罪の意識に苦しんでも欲しいから。

ということは・・・

『悪意認定』って、
いろいろ不明でモヤモヤする事態を自分なりに理解し、
「ヒドイ奴っちゃ!」「嫌な奴っちゃ!」で片づけ
とっとと手放してしまうためには・・・

有用なのかも!?

って。


って・・・あれ?(汗)
 
この話自体が
書きたかったことの前置き、冒頭に過ぎないのに
また長くなってしまった・・・


続きはまた今度にします(;=◇=)

20180904-40.jpg
カカオ

(シロップとは前向きに、穏やかに、
 落とし所、繰り返さないための対策を話し合っています。
 いろいろとご心配、ご意見を、本当にありがとうございました)


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「怒り」という痛み

カカオです。

『ネガティブ発想に取りつかれている』という記事を最後に
突然10日も更新が止まってしまい、
心配してくださった方もいらっしゃるかと思います。
ごめんなさい。
そして心から、優しいお気持ちをありがとうございます。


「怒り」というものは、「痛み」の化身なんだな・・・
そんなことを痛感しながら、考えています。

些細なことで常にイライラしている人は、きっと
ずっとどこかに取りきれない鈍痛を抱えている人。

あらん限りのチカラで呪詛や激しい攻撃をしている人は、
痛みのあまり声を荒げずにはいられない人。

怒りを内に抱えて、黙ってじっとしている人が
我慢強いとか大人だとも限らず・・・
ただ声も出ないほどの痛みに
うずくまっているしかない人であることも。

みんな心の中では「痛い痛い」と泣いて、
助けを求めているのかもしれない、と。


シロップは、
ずっとうずくまるタイプだったのではないかと思います。
過去に受けたいくつかの
(それはもう不運としか言いようのない)古傷が深すぎて、
うずくまるしか手段もなかった子ども時代が過ぎても
声を上げる力を失ったきりの状態だったのかもしれません。

ちょっとこの際大きく盛って言わせてもらうと、
不運な古傷同様、
他者から受ける不当な扱いを『悲しみ』に置き換えて
うずくまっていたシロップに
「その痛みは『怒り』である」
と教えたのはボクかもしれません。

「怒りに化けさせ、与えた相手に
 『痛いじゃないか、やめてくれ』と訴えていいんだ」と。

シロップは、時間と共に
ボクにはだいぶストレートに痛みを訴えるようになりました。
おかげで喧嘩もいっぱいしましたが・・・
ボクはお互いのためにもよかったと思っています。


新たな問題となってきたのは、
怒りや痛みのポイント、感じ方のズレでした。

昭和な子どもの「からかい」「はやし立て」の定番節に

「バーカ、カーバ、チンドン屋、
 お前の母ちゃん出~べ~そ~!」

という、アホらしすぎて
逆に罪がないとも思える文句がありましたが・・・

そう思って言葉通りには取らない者もいれば、
「バカと言われた」と憤る者もいれば、
「俺ってカバだったんだ」と落ち込む者もいれば(いないか…)
「ウチの父ちゃん(職業:チンドン屋)を差別しやがって」
と怒る者もいれば、
「なんで母ちゃんの出べそを知っているんだ?」と
母ちゃんの裏の顔に疑念を抱く者も。(いないか…)

どこでどう痛み、どの程度なのかは、
人それぞれなのです。

二人の間でのことならば、
そこにある違いに気づき、尊重できれば
「ごめんね、次からは気をつける」で済みます。

でも、第三者から受けた不当な扱いに対し、
お互いの受け止め方が異なる場合・・・

上の例えの延長で言えば、
ボクは「からかい」行為には頭にきたけど
言われたことを言葉通りには取らず、
シロップは、あり得ない様々な侮辱を受けたとして
訴訟さえ辞さないほどに怒ったとして・・・

どうしたらいいんでしょうね。

(ちょっと、例がアレですが、
 実際は、シロップがそんな子供じみたことで
 怒っているわけではありませんので、くれぐれも)



ボクのそんな戸惑いや、
その他の人間関係を傷つけてまで・・・という躊躇が、
「最も共感して欲しかった」事案だっただけに
シロップを更に傷つけてしまい、
なかなか貼りついたネガティブを取り剥がせないでいる・・・

そんな状況です。


ボクのウダウダ話は続きます。


カカオ

45000000-10.jpg


この記事を最後に、
登録してみたものの違和感?場違い?を感じ続けていた
「漫画・コミックエッセイ」のカテゴリーから
撤退させて頂こうと思います。
もしそこからご訪問くださっていた方がいらっしゃいましたら、
ブックマークへの登録などをお願いいたします。<(_ _)>


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ネガティブネガティブ、飛んで行け

ネガティブな発想に
取りつかれた時は

それが永遠に続く結果じゃなくて
ただの経過であること

そのことを思い出さなきゃ


いまがそういう状態なだけ

もう出られない底なし沼に
はまっているわけじゃない


黒い塊をそっと剥がして
深呼吸してお茶をのもう

私のそばにいることに飽きて
ネガティブに羽が生えて
ぱたぱた飛んでいくまで




シロップ


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「疑う」ということ

20代の頃、当時治安の悪さでは
世界屈指と言われていた街に住んでいた。

「人を見たら泥棒と思え」というのは
あくまで用心を促す“ことわざ”だけれど・・・

賃貸アパートの部屋の窓には
鉄格子のような防犯ガード設置が義務付けられ、
リュックの外ポケットに大事なモノでも入れようものなら
30分も人混みを歩けば無くなって当たり前、
背後から足音が近づいてきたら
強盗と覚悟して手をあげる準備をする・・・

文字どおりに近く、
常にそのくらいの意識は持っている必要のある街だった。

だから、帰国して久しい今でも
人が自分の後ろにいる気配が苦手。

通りのアチコチでラリってへたり込んでいた
ドラッグ・ジャンキーたちの姿の記憶が抜けず、
たとえ具合が悪そうにうずくまっている人がいても
慎重に観察してからでないと迂闊には近寄れないし、

電話も家のインターホンを鳴らすいかなる訪問者も、
見知らぬ人を即、名乗るがままに信じたりしない。

まずは疑い、警戒するという癖がついているのだ。


なんだか悲しいことだよね・・・と思う。


でも、たとえば先日
知人と世間話をしていた時のこと。

「空港とかにいる麻薬探知犬って実は、
 わざと中毒にさせて、もっと欲しいがために
 必死に探すようにさせているらしいよ」

と、その人が本気で憤りながら言うので、

「そ、それは、どこからのソースですか?」
「どんな筋の人が書いた記事ですか?」

本当だとしたら、
あまりに由々しき世界的な大ニュースで、
「有識者」と呼ばれる類の職に就く知人だからこそ
思わず突っ込んで聞かずにはいられなかったのだけれど、

「え? ネットだけど・・・
 誰が書いていたかはちょっと・・・」

と言ったきり口ごもってしまい、
ニュースの真偽より
そのことに目を丸くしてしまったいうことがあって・・・

裏付けが不十分であろうが
面白半分なり何なりの意図的デマであろうが、
誰でもまことしやかに
情報を発信できてしまうようになった世の中で、
この疑う癖は役に立っているようにも思う。

悲しいことかもしれないけど・・・

疑え、疑え、疑え、と思う。

みんなが疑いの目、
真実を見極めようとする厳しい目を持てば、
安易な嘘八百は
嘘百とか二百くらいにはきっと減る。
その百や二百がどんなに巧妙化したって、
きっと簡単には振り回されないようなチカラがついてくる。
そう思いたい。

そして、疑い、見抜こうとする姿勢はまた、
「事実は事実、嘘は嘘」に変わりはなくとも、
必ずしもモノゴトは

「事実(を告げる)=善(意)」
「嘘(をつく)=悪(意)」

といった単純な図式であるとは限らず、
そこに潜む様々な背景や内訳を
知ることにも繋がっていくと思う。

奥の奥にある真実にまで
届く目を養いたいな。

疑うって、とてもしんどくてツライことで・・・
特に、絶対に信じたい人なのに
疑いを止められないという地獄ったらない。

でも、そうした苦しみの先に
単純な「事実」だけはでなく
「内訳付きの真実」が見えてくれば・・・

感情の支配から早く脱して
人としてどう考えたらいいのかというところに
きっと辿り着ける。

それはただ救いになるのみならず、
自分の成長にも繋がるはずだと思うから。

20180904-50.jpg
カカオ

な・・・なんか
クソ真面目になってしまった・・・(・・;)


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それだけは聞かないで

ボクたちがつきあい始めて間もない頃、
シロップにこんな質問をされたことがあります。


「こういう話題は苦手、とか
 聞かれるの嫌いっていうこと、ある?」



まだまだお互いに知らないことも多く、
さぁこれからじっくりと話していきましょう
という時期だったからなのかもしれません。

実際にシロップは、その頃からかなりの時間をかけて
自分の過去のことを、時にとても苦しそうに、
でも、まるでそれが使命と思っているかのように
一生懸命話してくれました。

もちろん反対に
聞き出し上手でもあるシロップからの質問に導かれて
ボクも必死に記憶を辿りたどり
自分のことを話しました。

ボクは常に今がいっぱいいっぱいなタイプなので
どちらかと言うと、過去を振り返る作業は苦手だし、
当時はあまり意味のあることだと
実は思っていなかったところもあるのですが・・・

ボクたちの場合、それぞれにちょっと変わった、
でも全くと言っていいほどに違った人生を歩んでいて、
それらを知っておくことは、のちに相手の主張を

「ナニソレ!? 理解不能!!」

と投げ出したくなるような喧嘩をした時などの
紐解きの材料として
結果的に「今」に大きく役立っており・・・

あの時苦しい思いをして
話していてよかったんだな・・・

そんなふうに思っています。


「それって大切なことでしょう?」とシロップが憤慨し、

「そーお?
 そんなことにこだわるのって無意味じゃない?」

と突き放したようにボクが言う。

二人のよくあるパターンなのですが・・・(笑)


シロップが大切だと思うことを
(シブシブながらでも)一緒に大切にしていると、
(その場の平和以外に)結構いいことあったりする・・・
これは、ひとつの良い例なのかもしれません。

冒頭の質問、

「こういう話題は苦手、とか
 聞かれるの嫌いっていうこと、ある?」


に、「過去話」って答えてなくて、よかった(笑)


ちなみに、その時に答えた
“ボクの嫌いな質問”はコレです↓


「今日はどんな日だった?」


「無口な人間に投げかける質問としては幅が広すぎ。
 配慮が足りない。安易すぎる」

と理由を言うと、
シロップは大笑いしていました。

20181010-10.jpg


(はっ、だからあの時、ボクの過去話も
 あんなにこと細かく突っ込んで聞いたのか? (゚ロ゚屮)屮)



カカオ


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栗とブログと友情と

行ったことのないところにも
お友だちがいる。

そんな素晴らしいことがあるのは
某グループの全国のファン友だちと繋がれたことと、
それから、ブログのおかげです。

初めての女性との恋愛に悩んで
辿り着いたビアンブログの世界。

山積みの問題に苦しんでいた私に
ネットの中でたくさんの人が
手を差し伸べてくれました。
どんなに嬉しく、救われたことか・・・。

その時深く繋がった人たちとは
ブログを閉鎖して何年も経った今も、
何でも話せる良いお友だちです。

20181008-2.jpg


先日大きく立派な栗が
山ほどうちに届きました。

遠いところに住むお友だちが
送ってくれたのです。

「台風一過の日に、家の林で拾いました^^」

お手紙にそう書かれていました。

この秋に毎週のように訪れた台風に
各地でずいぶんと被害が出て・・・

大変なことも多かったけれど、
そのたびに「無事でいる?」といただくメールや
こちらからのメールに「大丈夫!」のお返事、
やり取りし合うと、心がぽかぽかと
温かくなりました。

栗をひとつひとつ剥きながら、
その台風一過の林へ行って
ひとつひとつ拾ってくれたお友だちの
気持ちを思って、またじんわり・・・


同性を好きになって初めて付き合って、
その時はつらいことも多かったけれど
だからこそブログの世界で
たくさんの人と出会うことができた、
そう思うと全てのことに感謝したい気持ちです。

そしてこれからも、本当の友人に恥じないよう
何も隠したり取り繕ったりしない本当の私で
ブログを書いていきたいと改めて思うのでした。

20181008-1.jpg

シロップ



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カカオを愛する者どうし

私が稲子さんと初めて会ったのは
もう何年も前の大晦日でした。


20181006-2.jpg

1人暮らしが長く、
住宅事情や金銭的問題で
ペットと暮らしたことがなかった私。

動物はとっても可愛いと思うんだけど
何せ経験も知識もないので
実はちょっと緊張していました。

「稲子さんと仲良くなれなかったら
 どうしよう・・・」

だけどそんな心配も吹っ飛ぶくらい
優しく歓迎してくれた稲子さん。

お食事をいただく間中、テーブルの下で
私の足に身体をくっつけていてくれた
あの温かさが忘れられません。


それからも、カカオが何かを見せるために
写真を撮って送ってくれる時など、
いつも自然に画面に映り込んでいる
稲子さんの姿を見るたび、
可愛くて可愛くて仕方なくて。

いつからか私が1人の部屋で

「カカオ今頃どうしてるかな」

と思い浮かべる時、その光景には当たり前に
稲子さんもいるようになりました。

カカオの心を守ってくれている稲子さん。

それは遠くでカカオを想う私のことも
同じように守ってくれているのでした。

前の記事で灯台のことを書いたけれど、
私があのようでいられるのは
稲子さんがカカオのそばにいてくれるから、
それがとても大きくて・・・

実際にはカカオが
稲子さんのお世話をしているのだけど
私の心の中では、
「稲子さん、カカオをよろしくね」
という気持ちもあったりして。

そしてカカオのことだけではなく私自身も
撫でさせてもらった体の温かさ、
優しい仕草、思慮深いまなざし、
稲子さんの全てが愛しくて好きなのでした。

「ずっと、ずっと」
が、言えないっていうことはわかってる。

だけどそれをどうしても願ってしまいます。

いつかカカオと稲子さんと
三人(三匹?)で並んで座って・・・
そんな日々が過ごしたい。

そして私は稲子さんに、
カカオのことを好きな者どうし、
内緒話をたくさんしたいです。

好きなところも困ったところも
「わかるわかる!」なんて言いながら
一緒におやつを食べながら、ニコニコと。


20181006.jpg

シロップ




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もしも一緒に暮らせても

「疲れた」も
「もう嫌だ」も
もちろん「助けて」・・・も

カカオはほぼ口に出さない人なのですが、
不思議に何らかのSOSのようなものが
私に伝わってくることがあります。

たとえばお喋りをしていて・・・とか
そういう中で感じられるものは
もちろんあるのですが、
電話もメールもない静かな夜などに
そう感じるときがあるのです。

お互いが忙しく、
深夜まで連絡を取らない日も
普通にあるのですが・・・

「かまってよ」ではなく
「そっとしておいてね」
そんなメッセージを感じるときは
私もしんとして待ちます。

アンテナだけは東に向けて、
極力なんでもないように。

そうして、夜中もとうに回った頃

「ごめんね、今日はなんだか
 頭の中の調子が良くなくて・・・」

そんなメールを受け取ると
私は心からホッとすると同時に
大切な船の信号を無事に拾えた
灯台になれた気が少しします。


こんなふうに書くと、
カカオがまるで気難しい人のようですが
まったくそんなことはなく、
これは滅多とないことで、
だからこそ大切な夜というか・・・

私はカカオが自分の頭の中と向き合う夜を
カカオ自身と同じように、
とても大事にしているのです。


この先一緒に暮らせるようになっても
そんな夜は、船と灯台の距離感を
そっと保ちたいと思う私です。


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シロップ



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絶対ヒーローは正しい敵を選ぶ

ココロもカラダと同じように
もし細胞から成る 実体あるものだったら

免疫細胞が
真っ先にやっつけようとするのは何だろう


外界から侵入するウィルス

癌と化していく細胞

不調の原因であろうと自覚しているモノは
もしかしたら
全く見当はずれかもしれず・・・


まずは知ろうとすることなのかな

ココロの免疫細胞が向かう先を


そして共に挑まなければ

ココロを蝕むモノの真の正体と・・・


   *************


今、TVでも頻繁に報道されている
本庶教授ノーベル賞受賞の嬉しいニュースの中で、
解説の参考映像としてよく流されている
「癌細胞を攻撃する免疫細胞」の様子を目にしながら・・・

「何が正義で何が悪だか」なんて
一概には言えないこの現実の世の中ですが、
人体という一つの宇宙においては


免疫細胞・・・
おおお、これぞ絶対の正義だぁ~!



なんだか じぃぃぃ~んとしてしまったのです。
(誰も「ウィルスの立場も尊重しよう」とか
「癌細胞の気持ちも考えなきゃ」とか言いませんし)


心を守る、という意味においても、
自身でさえ把握・解明できていない感のある心の内側で、

「コレはここに放置していてはダメ。
 やっつけねば!」

と、迷いなく示してくれる
免疫細胞のようなヒーローがいたらいいのに・・・と
ふと思ったのです。

そんなモノはないからこそ、
(決してそれを他者に依存するのではなく)
自分が自分の心の宇宙を守るために、
見極め、戦っていかねばならないのでしょうけれど。

20181002-10.jpg

カカオ

と同時に、自分が誰かの心を蝕むような
ウィルスや癌細胞に成り果ててはいけない・・・
なってはいないだろうか・・・
そうもつくづく、思うのでした(汗)



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